積ん読、すなわち「買ったけど読んでない本」。
皆さんどれくらい積んでますか? 私は20冊以上ありますよ、ふっふっふ。
これ、今までまさに机の周囲や棚に「積んで」いたんですが、そうするとまあ読まないし把握できません。
似たような本を再度買ってくることもありました。
そんで、棚に並べてみたら、何だかスッキリしたので報告と運用案です。
また、積ん読は良いこと! と東大教授さんから学ぶ記事を見つけたので、合わせて紹介します。
積ん読を並べた時の記事↓
積ん読を棚に並べてみた
最近、本の一部を整理しました。
こちらが整理終了後の積ん読置き場。
小説は以前からこの位置(奥側)にありましたが、手前側も全て、積ん読を集める場所に変えました。
積ん読置き場の使い方
手に入れた本を読み始めて、最後まで(満足するまで)読めたら、本棚に入れるか手放すかの判断をする。
でも、途中で手が止まるようなら、積ん読の棚に退避させる。
そしてまた、積ん読から次に読む本を探す。
探してて、「いやこれはもう読まんわ」って本を見つけたら、メルカリなりBOOK-OFFなり売ってしまう。
と、こんな運用をすると、本が散らからない気がしてきました。
もちろん、買ってすぐには読まない本も、積ん読置き場に並べておきます。
全く読んでいない本に加え、私は「途中まで読んで止まってる本」も積ん読扱いしています。
読み終わっていない、「まだ本棚へ納めたくない」「本棚に入れて持っていたいか判断がつかない」本。
こういう本たちを机の上やリビングに積むから、部屋が散らかる一因になるんですよね。
で、そのうち埋まって、何を持っていたかも分からなくなってしまいます。
私は2、3冊では済まないほど積ん読を溜めるってことが明らかなので、置き場所を決めて並べるとスッキリできたのでした。
同じものを集める、積むと出し入れしにくい、立てて並べれば把握しやすい、というのは「片づけの魔法」のこんまりさんが言ってる事そのものです。
積ん読=知的欲求の鏡! 見えるように並べる効果
積ん読を見えるように並べておくと良いよ! と、積ん読を肯定しつつ解説している記事があります。
今回の整理を終えてから見つけた記事ですが、私がやった「見えるように置いておく」そのものが書いてあって嬉しくなりました。
私がグッときたのは、以下の部分。
- 積読は恥ずかしいことではない。むしろ知的欲求があることを反映してる
- 積読が目に入るようにしておくことで、「自分はこういうことに興味がある」「こういう事が知りたい」と再確認できる
- すると、日常的に脳が刺激されて、発見やひらめきの元になる
- 積読を見えるようにしておくと、死蔵化が防げる。読みたい瞬間が来た時パッと手に取れる
- 最も忌避するべきは「積読を増やす」ことではなく「積読を忘れる」こと
どんなに読書好きな人でも、妊娠中や産後だったり、仕事が忙しい時には、一旦読書から離れてしまうのは仕方のない事です。
私も産後、好きだった小説を全然読まなくなり、読むとしても育児書や、子育てのコミックエッセイばかりになっていました。
でも、産後2年くらいで、「小説を読みたい」と思える瞬間が少しずつ戻ってきました。
そうした時に、読みたいと思って数年前に買った小説が、積ん読の棚にある。
少しずつでも読める事が嬉しく、自分を再発見している気分になります。
見えるようにしてあるからこそ、タイミングよく再発見ができるわけで。
積ん読置き場が、子育てから少し離れて、私個人に戻れる場所のひとつになっているのです。
積ん読を積まずに並べると、自分を大切にできる
思いつきで設置した積ん読置き場ですが、とても良いものだと思えてきました。
見えるように並べておくことで、忘れて死蔵化したり、部屋が散らかったりすることを防げる。
自分の興味・関心を再確認することで、自分のことを大切にできる。
積ん読を並べる効果は、私が思うより大きいかもしれません。
積ん読仲間の皆さんも、見える場所に並べてみませんか?
積ん読を並べた時の記事↓
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